母親目線で失うこと

悲しみに、こんにちは

『悲しみに、こんにちは』を観にユーロスペースまで。

夏休みの渋谷はムンムン。

外国人観光客がかなりの割合でひしめいていた。

警察官も結構いて、ご苦労様です。

さて、『悲しみに、こんにちは』

似たタイトルの有名小説とは無関係のスペインの女性監督の映画です。

6歳の少女が母の死を受け入れて泣けるようになるまでの記録のような映画。

悪人は居ない。

みんないい人。

スペインのカタルーニャ地方の田舎町。

だから劇的な事件など起こるわけがなく、リアルな日常の出来事の積み重ね。

とても丁寧に寄り添っていて、この家族の一員になった気になるほど。

少女に?

いえ、やっぱり母代わりになろうとする叔母さんのほうに(笑)

現実に母になってしまい、どうしても母目線になってしまうのは、もったいない気がしないでもない。

30年以上前ユーロスペースで『みつばちのささやき』(ヴィクトル=エリセ監督)を観たときは、確実に自分は少女として感情移入ができたのに(笑)

それはともかく、この映画、多くの賞を獲得しているうえ、雑誌、新聞でも好意的に紹介されているようです。(←映画館にいっぱい切り抜きが張り出されていた。)

わかるけど、だからって人には勧めない。地味すぎて。

「川でおぼれそうな従妹を前に足がすくんじゃったんだよね」とか「おばさんにウソついて試したくなる気持ち」とか「わかるよね~」なんて語り合いたいとも思うけど、ナイーブ自慢しているようでもあり、他の人がやっていたら嫌だな(笑)

「かつて少女だった私たちへ」っていうコピーもなんか嫌だ、という天邪鬼。

偶然ですが、前回ユーロスペースで観た映画も母親がおおぴらには言えない理由で死んだ子どもの話だったなぁ。

どちらもナイーブな映画です。→「30年ぶりのユーロスペース 男ってやつは~」

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