断捨離 捨てているのは資源と途上国の労働

昨日は「断捨離」について書いてみて、その後考えてしまいました。

私は何を捨てているのだろうって。

布製本の断捨離

ビニル袋2つ分、捨てた中身は使いふるしたものが大半で、さして後ろめたさはないけれど、充分には着ていない洋服も数点あった。

店頭では気に入ったけど、実際に着てみてしっくりこないとか、

定番の型だからと買い足したけど、身体にしっくりこない。

結局、理由は「なんとなく」しっくりこないというもの。

ファストファッションの出現で変わった

それ以外の捨てた服の大半は、20年前に買ったものが多い。

20年。

ユニクロはじめファストファッションが席巻する前。

ひと昔前のもの。

自分自身が稼いでお金があったという事情もあるけれど、このころの洋服は安くはなかった。

日本製、たまにフランス製。

薄くて繊細な生地でも、着用ダメージも少なく、経年劣化も少なかった。

要するに高くても良いもの、だったんですね。

そして、その後買っているの服は「間に合わせ」。

買い足す理由はいっぱいある。

服は数が無いと困る、流行だってあるし、定番モノの買い替えも必要だし・・・

しかも、お店に行けば(昔より)ずっと安く、大量にある!

だから軽く買ってしまうのね・・・

高いものはそれなりの店に行けば、今だってある。

だけど、手ごろなブランド(メーカー)のショップも総じてお安くなっている。

ユニクロはじめファストファッションに引っ張られ、お財布に優しいモノモノモノ!

それは嬉しいことなんだけど・・・




ニートの部屋はモノでいっぱい

なんだか、不景気だっていう今の方がモノを持っているような気がする。

そこで思い出したのが、

ニートの20代姪っ子の部屋。

山と積まれた洋服にびっくりしたことがある。

生活に余裕なくてもこんなに買えちゃうんだ・・・

服だけじゃなく、100均で買った山のような雑貨や生活用品もあった。

ついでに化粧品の類は通販で箱買い。

大量なモノに埋まった部屋を見たとき、

「こいつダメだな・・・」と思ってしまったよ・・・

定職もなく親もあてにできない生活だろうに、それでもモノだけはある。

未来はないけどモノはある。

そんな感想。

買っているのは途上国の労働力

そしてそれらのモノは、ほぼ中国製か、発展途上国製。

安価な労働力と資源を買って、モノで埋め尽くされている。

しかも、

日本国内の事情でいったら、豊かでないほうの層に、それらが貯まる!

若者に限らず、どの年代でも・・・

そんな気がする。

意識高い系って言葉はナンですが、たぶん豊かな人のほうが、モノは厳選して点数は少ないという印象。

それは稼ぎがいいというだけではなくって、

時間のゆとりなのかもしれない。

ハードワークを買い物で発散!というのも多そうだし・・・

買え買えと急き立てられていない?




資源と低賃金を食い尽くす

まとめてモノを捨てた後、やっぱり感じてしまうカタルシス。

グローバル経済で、最も安い賃金を提供する最貧国を食い尽くすまで、続くのかなと思うと、心底怖くなる・・・

グローバル経済が悪なのかというと、それはまた難しい問題だけど・・・

少なくとも使い捨てのごとく買いまくるのが良いことであるわけない。

断捨離自体はいいことだと思う。

高齢者(親)の家の片付けも立派なことだと思う。

ごみ屋敷の撤去、これはもう言わずもがな。

ただね、そのあとが大切。

身の回りを片付けたら、もう余計なものは持たない生活。

モノを大切になんて説教臭いけど、自分には常に言い聞かせていないと、モノはココロの隙間から入り込む(笑)

だって町には誘惑がいっぱいですもん!

ついでに言えば、

「見ないで捨てる」そんな言葉もある「捨てる技術」、いや、やっぱり使えるものは使い倒してから捨てようよ・・・

それじゃ、いつまでたっても片付かないって意見もあるだろうけど、そこは近づかない人生でありたい・・・クワバラクワバラ

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