受験の失敗 落とし前をつけるのは早めに!

コンプレックスがある部分に「見栄」を張りたくなるのではないか?という昨日の続きです。

わたしのコンプレックスは「学歴」かな?と思うのです。

4年生の大学を出ていますが、第一志望の大学ではなかったという引け目のようなもの。

卒業して30年近いというのに、未だ「行けなかった」という思いを引きずっている。

相当しつこい(笑)

世の中、学歴でも大学名でもないことはわかっているし、こだわるのはくだらないとも思っている。

しかも、入った大学で「実利的なことを得るためでない学問」ということを学ぶことができたにも関わらず、

入試の「不合格」には未だにチクリとするんだな~




30年前地方から女子が4年生大学に行かせてもらただけでも御の字なので、浪人まではできなかったのは受け入れている。

単純に高校時代の自分の努力も能力も足りなくて、入試ではじかれたという痛みがあるだけ。

現在高校生の娘には、浪人も選択肢としてあるし、大学院リベンジだって本人が望むならアリだと思う。

そういう意味では今の環境に生まれた娘が羨ましい。

中学入試は終わり、高校入試の結果待ち、大学入試はまっさかりってところでしょうか?

受験の結果、

実力努力の差もあれば、運不運だって確実にある。

受かる人あれば落ちる人もあり。

今回駄目だったら、この次の試験(大学入試とか資格試験)でリベンジして、(その面では)すっきり人生過ごせるといいよね。

価値観次第ではあるけれど、学歴が大事だと思うのなら、試験の成功でしかコンプレックスは拭いされないものだと思う。

学歴じゃない実績こそが大事だと思えたなら、それは充実した人生を歩んでいる証拠。

学歴以外の価値を見出し、そちらをクリアできたら、もっといい人生が送れているということなのかもしれない。




今の自分の価値観でみると、

さすが半世紀も生きて、学歴じゃないとは思うけど、

やっぱり「頭の良さ」は良いほど良いから・・・

早い時期に「頭の使い方」をしっかり鍛えるような環境か機会に恵まれたかった!という空しさを抱えた人生を生きているかんじ・・・

昨日の記事を踏まえて、コンプレックスがある部分で他人に見栄をはりたくなるのではないか、という点で考えれば、

「頭の使い方」は確実にコンプレックスなのだけど、現実には見栄を張る相手もいないのでこじらせずにすんでいる(笑)

だって大学を卒業してから知り合った人に大学名を言ったりしないし、大人の付き合いってその話題は避けるでしょ。

あとは娘に「お母さんの分をリベンジして」と言いたくもあるけど、彼女は根っからの理系志向なので、そこのところもこじらせずにすんでいて、ありがたい。

それでも50歳を超え、記憶力の衰えをひしひしと感じるようになり、これからは「もう学歴なんて全く関係ない、地頭さえ意味ない、とにかく日々の普通に生きる能力(つまりボケないってことね)が大切」という境地に入っていくのかと思ったら・・・

先日80歳近い母でさえ、未だに「上の学校に行けなかった」のを悔やんでいることを知り、愕然としました。

若者よ!なるだけ早い時点で「落とし前」はつけたほうがいい!

と思います。

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