三度目の殺人 「器」の意味

是枝監督の「三度目の殺人」をおくればせながら。

この監督、こういうのも撮れるのねと上から目線で感心(笑)

福山、広瀬すずを使いながらも、観客に「わからない」を突き付けちゃうんだ…

この映画のキーワードは「器」。

最後に重盛(福山雅治)の三隅(役所広司)に問いかけることば、

「あなたはただの器?」

謎めいたことばのようでいて、監督の描きたかった三隅がくっきりと立ち上がったせりふ。

三隅は自分というもの(自我)が希薄で、周囲への共感力が高い人物だということ。

「器」のヒントは中盤にも。

北海道での過去の殺人事件のときの刑事の印象として

「個人的な怨恨は感じられなかった、空っぽの器のようだった」という三隅の犯人像。

今回の事件について、三隅は問いかけられるままに、「そうだった」「こうだった」と証言を変える。

動機もなんだかよくわからない。

わからないのはそこに三隅の自我が無いから。

異常な人格を描く

共感力というと他者に寄り添う優しい人物のようだけれど、三隅の場合はちょっと違う。

共感力なんてことばは当たらないのか。

周りの人物の憎悪(殺意)が憑依して、実際の行動(殺人)をおこしてしまう異常な人格。

過去には、さびれた炭鉱町でやくざ者に食い物にされる弱者たちの憎悪が憑りついて高利貸しを殺し、今回は父親に性的虐待を受ける咲江(広瀬すず)の殺意が三隅に父親を殺させる。

役所広司が演じるんだから、本当はすごく優しい人物なんだろうと信じて観ていたけれど、誰かをかばっているふうでもなく、場当たり的な証言を繰り返す三隅には違和感が付きまとった。

それが最後の福山の「ただの器」ということばで、腑に落ちた。

中盤にでてくる、アクリル板越しに手を合わせ、三隅が重盛の心情を読み取る場面。

あの辺から、ちょっとしたサイコパスというのか、異常人格者的ななにかは感じた。

あの場面から、「グリーンマイル」(スティーブン・キング)のあの黒人の囚人みたいな哀しさをずっと思い出しながら観続けた。

「わたしなんか生まれてこなければよかった」

自分の行動が咲江を救うことになると、重盛に指摘されて初めて、「それいい話ですね」なんて他人事みたいに言う。

「第三の殺人」は三隅の死刑。

彼にとって、「検察官って、人の生き死にを決められる。あこがれ」だった。

役所広司さすがな役者さん。

是枝監督作品はほぼ観ていたと思ったのに、封切り当時は話題作ゆえに敬遠して観に行っていなかったけれど、今回テレビで放映したので録画して視聴。

いや~見ごたえありました。

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